ここのところボヤキたい出来事ばかり。
オヤキなら食べておいしいのですが、ボヤキは食べる本人でさえおいしくない。
食べるために仕事をする・・・というのは当たり前、こなせばならない仕事がたくさんあれば食べられるわけだから充実しているはず、
ところがちっとも嬉しくない。
贅沢なんだよな、これって、なぜだか空虚な感覚が満ち溢れていて不満足。
こなすべき仕事を追われるようにやっている自分より、こうしてブログに書き込みをしている自分のほうがズット自分なのです。
分かってもらえますか、みなさん。
この手のボヤキは読んでる人が一番不愉快で欲求不満になりそうかもしれない。
結局のところ、何故こんなんだろうと考えを詰めてみると、知らないうちに自分で自分を値踏みして自分の可能性を決め付けてしまっているからだろうか。
設計という仕事はほとんどが精神労働であるだけにヒラメキに鋭さが失せるサイクルがやってくるとつらいものがあります。
設計屋という生き物は食べてゆけるという充実感だけでは食べてゆけないのです。
ガスってて方向性が見えないと本当に困ります。
2006年08月30日
完成されたボヤキ
2006年08月23日
2006年08月19日
稼げる住宅
タイトルはデザイン性などとはほど遠いですが、特に住宅の価値観を再確認してみるとお金を稼げない住宅を作ってしまう業者が悪ではないかと考える今日このごろ。
私の住まいなどは23年も前の鉄骨2階建て、屋根は金属板、外壁はモルタル、断熱材はグラスウール、サッシはシングルガラスの気密性能値は出せてない代物。
残念ながら、お金を生成することは皆無でエネルギー垂れ流し住宅、成せるワザは極力余分なエネルギーは押さえること、という伝統的歴史的ワザを駆使しています。
しかしこれも精神鍛錬、生活態度としても、子供の教育上も十分な考え方と納得しています。
ただし、今、創ろうとする住宅、建築に将来お金を生むような設計をしていないのは、ひょっとしたら犯罪?
カッコ良く言うとサスティナブル。・・・・ちょとズレタカナ
2006年08月18日
どうして100万円得するの?
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