2005年07月28日

暑い、寒い、蒸し暑い、それしか知らないの?

湿度という言葉は小学校の授業でも出てきていますので、多くのかたがその悪者ぶりだけはご存じなんでしょうね。
暑さ、寒さのように言葉の意味がはっきりしないせいでしょうか、明るいイメージで受け止めてもらっておらず、住まいにおけるその正体もまるでベールに包まれているようです。

ところが、湿度は裏の世界を握る政治家のように、暑さ寒さを左右すると同時に人間の健康や住まいの健康まで握ってしまってます。

その神髄は、「空気中に水分がどれだけ含まれているか」ということが室内環境や人体、建物にどんな影響を及ぼしてゆくかを整理すれば理解できることばかりです。

温度と湿度を相対的に把握すると、暑さ寒さや結露の対策が浮かび上がってきます。

最近聞くことが多い調湿建材というのも、湿度のコントロールを加湿器のような機械に頼ることなく、壁や天井にその機能を付加して、省エネルギー、結露の抑制、カビやダニの抑制、過乾燥の抑制をしてしまおうということです。
「そんなものは昔からあるものを使っておけば心配ないんじゃ、売らんがための建材屋の策略じゃ」という声が聞こえてきそうですが、よ〜〜〜く考えてみよう、じゃないですか、この時代背景においては笑っていられない現実があるんです。

湿度というものを昔の学校時代の教科書を出してきて勉強してみてください。これこそ昔も今も同じです。

余韻を残して今日はここまで。

2005年07月24日

デザイン・寛的・その2

設計打合せではよく「100パーセント満足する住宅は出来ないですよ」と口を挟むことがあります。
そんなとき頭のなかをよぎる思いは、「100パーセントを望んでいるからあなたに依頼したのに、どうしてそんな後ろ向きな発言を・・・・専門家なんでしょ」と思ってみえないかな?、なんて。

これも何かの本の影響か、どこかのエイギョウマンさんの仕事の痕跡か、なぜか設計者も世の中に住宅を供給する生産者であり、建築主様はお客様で「神様」でありえてしまうのか?
専門家は建築主の少ない言葉の中からでも、全てを満足させてくれる物を創造してくれるという感じを抱かせてしまうマスコミ的印象のせいか?
悲しいかな、そんな不安を感じてしまうのだよ。

小生の言っているのは全然違っていて、デザインという言葉には夢を感じる響きがあって、何か絶対的なもののようだけど、生活という日々刻々と変わってゆくことを無視してはいけませんと言いたいのです。

住まいは「生活の容器」というように、デザインも、夢も、現実のコストも、機能も、み〜んな建築主さんとの話し合いの中から、意見の相違も克服しつつ捻り出していくのが本来の姿と思うのです。

完成した後の生活への助走になっていくように。

2005年07月21日

デザイン・寛的

デザインがすばらしいですね。
褒めていただくと、単細胞の小生は勝手に舞い上がってしまいます。。
この場合のデザインとは、見栄えがするとかメリハリがはっきりしているといった感じかな?
すみません、お世辞だとわかっていても実は心の中で、何を言ってみえるんだろうと自問自答しています

デザインの枠を広く受け止めたいと考えています。

よくある例示に吊り橋の曲線美があります、あの美しさは膨大な構造計算の結果であること、人間の科学的追求の結果が期せずして自然が生み出した美と一致していることでした。
最近は、虫の生態や進化を研究して、環境を克服するために何を学んでこの時代まで生き残ってきたかを知り、人間の世界に応用してしまうという科学のジャンルもあるようです。

珍しくアカデミックな世界に入りすぎると出てこれなくなってしまいます。

建築のデザインも自然から学んで、自然素材を多く取り入れて造り自然に帰せるようにしておくことは言うまでもないことですし、自然の力やエネルギーを取り入れて地球に負担をかけるエネルギーロスを抑えたり、炭酸ガスを出さないことも大切です。

結局何を言いたいんだろう。

小生の場合、それらにプラスアルファ、デザインのヒントを建築主さんとの打合せの中から拾い上げてしまうことがあったりします。
何気ない、あっけないほどの単純な言葉がキーワードだったりします。

たとえばトップライトと庇です。
南面の屋根のトップライトは夏の日射しが強くて室内がたいへんな温度になります。
そして、庇は日射しを遮る伝統的建築部材です、かつ和風デザインの教祖様です。
つまり日射しが入る時間帯を庇で遮ってやろうとしました。

この結論は、「隠せばいいんだ」の奥様の一言で始まっちゃいました。

デザインにはコミュニケーションの良さも欠かせない要素なんだ。
時間がかかってもこれを無視したらデザインじゃなくなるのかな・・・・
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