2005年10月12日

政治家と政治屋、設計家と設計屋

政治家になっていただく方には、その考え方に妥協は許されずかつ、社会の流れのとらえ方に安定感とバランス感、そして信念をはっきり持っているべきだろうと思います。
いまさら言うべきことでもありませんが、少なくとも長いものには巻かれろでは通用する世界では無いようです。

特に国会議員となると、地方の代表であるということが逆に足かせになる場面が多いように聞きますが、何が本当に自分の地元にとって大切な事柄かは、しっかり考えて欲しいのもです。

岐阜はまだまだ保守色が強いのは理解できますが、その保守の意味が変わってきているのをまだはっきり理解してらっしゃらない有権者が多いのではないでしょうか、特に岐阜は」なんて全国ネットで言われてしまうと認めざるをえなくて落胆してしまいます。
信念を曲げるのであれば、それなりの葛藤が自分の中であるはずで、それを曲げた先の道は自分なりに確信を持って進んでゆける道なのかを教えてほしいものです。
小生にとっては、それは自分を騙すことに他ならないように思いますが。

これをそのまま設計の世界に置き換えるのは乱暴かもしれませんが、仮に自分の設計思想が広く世の中に認められることがなくても、その時点で自分なりの納得できる仕事で、それを全力で取り組んでいるとすれば、建築主様は受け取めて納得していただけると考えています。

設計家として大きな世の中の流れを読み取る夢を抱きつつ、設計屋として施主様の夢を実現することは何かを考える。この両者は決して矛盾しないと信じています。

政治の世界に比べるとそんな生き方の許される世界ですし、その方が魅力有る設計者になれると思います。(こんなのをチャカして「オタク」というようですが(笑))

それにしても、尊敬できるリーダーが骨のある行動をしてないと知るとガックリしますよね。

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2005年10月09日

教室の天井高さは3m?・その2

以前ご紹介しましたが、教室の天井高さが現行の建築基準法では3mを確保しなければならず、それを改善しようと草加市が特区申請に挑んでいるという話しの続編です。
最近の建築雑誌にも紹介されていましたし、テレビニュースでも取り上げていました。

やはり小生だけではなく、多くの人たちが疑問を膨らませていたんだなと安心しました。

今回お知らせしたいのは、文部科学省の学校指針策定に関する協力者会議が「建築基準法施行令において学校の教室のみに定められている天井高さ3mの最低基準は廃止することが適当である」という中間報告をまとめた、ということです。

これに関する国土交通省の対応を求めていますので、まず改正の方向が見えてきたようです。

建設コストの削減や設計の自由度のみではなく、他の施設からの転用の障害が大きく、これから将来へ向けての人口構成の激変で、施設の転用工事が増加することを踏まえると当然ですよね。

一石を投じてくれた草加市に拍手です。

振り返って、我がまち揖斐川町もそんな自慢できる話題がほしいものです。
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2005年10月08日

庇の思い出

古すぎて恥ずかしいくらいのヒット曲、「小指の思い出」なんて意味深なタイトル(全然普通か?)の歌を思い出します。

謎かけのように「の思い出」とタイトルを付けてしまってちょっと強引すぎる気もしますが、こちらはちっとも意味深でないけれど、小生にとっては強烈かつ運命的でもありました。

小生がまだ独立する前の駆け出し建築士の頃、一級建築士も取れて生意気盛りの頃でした。
盲目的さえ感じた元上司の庇信仰とでもいってしまってもいいように、とにかくデザインは脇に置いてでも庇を付けろの言葉に反発を覚えていたのでした。

その理由とするところは、雨漏りするような建物は建築基準法の「雨露をしのぐ」の建築の大原則をも満足しないことになるから・・・・ということだそうだった。

あのとき、理屈っぽい小生に庇の哲学的な意味があるかのように説いていてくれたならば、きっと今でもあの勤め先に居たのかもと思い出してひとりで気持ち悪く笑っていた。

ところが今はその庇を友人以上に大切に設計に取り入れてしまっている。
デザインは機能を満足してこそ本物、人の住まう屋根の下、生活を守る形、三角という力学的な安定感、天から差し込む日差し、住まいの廻りに風を起す、等々。

庇の意味やアイテムとしての無限の広がりを追い求めていることの原点が、あのときの上司との会話と不満であったことに気がついてきた。

「小指の思い出」のように痛くて恥ずかしい「庇の思い出」です。
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2005年10月07日

骨のある図面

「あいつは骨のある奴だ」という言葉を聞くことは少なくなってしまいました。
「骨のある」とは、何に関しても絶対に外せぬものごとの基本を押さえた考え方を持っているとでも言いましょうか、小生の世界でいえば専門家としての専門性を外すことない生き方、仕事とでも言いましょうか。

残念なことに「何でもやります」という返事をオウム返しにする建築業者にはちょっとゲンナリしてしまいます。
「私どもにはこの仕事はお受けしかねます」といわれる方が何故か頼みたくなります。
あくまで専門家としての意見をキチンといえる人は無視できません。

日々の設計活動では、メーカーや販売代理店に製品の情報をいただくことがよくあります。どんなものにも長所と短所は表裏一体です。自社製品の売り込みだけでなく短所も正確に教えていただいていると、製品を指定して建築主へのコメンテーターとしての役割も担っている設計者として、引渡後のトラブルも未然に防ぐことも可能です。

「骨のある図面」を仕上げるには、そんな情報の集積に努めることも必要になります。

もちろん、過去の経験や研究の成果は当然それらをちりばめることや、工事の進行がスムーズにいくような図面のマトメ方も存在します。

小生は、図面の文字の大きさや配置、バランスや線の太さまでもが、それを左右すると信じてやみません。
ですから、絵的でない記号化された図面は嫌いです。記号化とは共通化を意味しており、個性を否定した行為なのです。
これは、サラリーマン化したドラフトマンには出来る芸当ではありません。
(若い設計者にもげきをとばしているつもり!!!)

そんな骨のある図面は現場の仕上がりも保証してくれることをよく知っているつもりです。まだ勉強中ですから「知っているつもり」になっているだけかもしれませんが。
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2005年10月04日

お役所は当てにせず自己防衛で耐震補強をした方がいいですか

設計屋として正直に言います、もし震度6程度の地震が襲ってきたら、戸建て住宅の半数以上が半壊以上の状態になってしまうのではないかと思っています。
なにも我田引水で設計者の仕事を増やしてやろうとして言っているのではなく、日々の経験からそう考えています。

法的には昭和56年以前の住宅に関しては耐震診断や補強の補助金を出しましょうということにはなっていますが、決してこれは昭和56年以降の住宅が安全であるという意味では当然なく、残念ながらそれ以降の着工建物に関しても危険な状態になりうることを施工現場で見て経験的に知っています。

なぜなら、いわゆる確認申請(建築時に役所のお墨付きをとる申請)は取ってあるのものの、現場監理を受けて第三者の設計者が最低でも目視検査を実施されていることはあまりなく、したがって図面の通りの施工がなされている現場はまなり少ないということです。

その頃からモラルの有る建築業者さんは当然いらっしゃいましたが、阪神震災以降で見つかってきて法制化された改善点は当然ですがその時点では実行されておらず、結構それが重要な事項なのです。
その内容は何かといえば、難しいですが、構造的なポイント、水平構面や継ぎ手、仕口、バランス等の問題です、そして大きな枠では伝統的な工法の見直しです。

いまさら悔やんでも仕方がないのですが、太平洋戦争後の住宅不足からスタートした住宅施策はそんな細かいことかまっていられなかったのです。

いつもこんなことに気が付くと「やっぱり日本人はヨーロッパ人には負けてるよね」と思ってしまいます。と、かの宮脇先生もつらつらと書いておられました。

お役所や世間一般は・・・・、なんて横並びの好きな日本人ぽいことを言ってないで自己責任と自己防衛で是非ともご自宅の耐震状況をお調べになり補強されることをお奨めします。
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2005年10月02日

かつお君はバケツ持って立たされている

さざえさんの弟、カツオ君がバケツ持たされて廊下に立っている絵を見たことがありますか?
ありそうでないことの一つに加えたいくらいです。

小生の世代の方ならば、歩けばギシギシ音をたてるフローリングの記憶とともにそんな経験に似たことがらは一つや二つはきっと有るはずです。
カツオ君が廊下に立たされているストーリーを放映することすら不信感をかってしまいそうな世の中の流れに悲しい思いをさせられます。

小生の子供の頃の教育が必ずしも100点満点では無いにしろ、そんな思い出の情景のバックには、ひび割れたムク板張りのフローリングや油くさい腰板張り、雨漏りの浸みまるけで、そんなことを気にもとめないでコークスのストーブの廻りに集まれと、お弁当箱を暖めてくれることを授業より優先してくれた先生の優しさ。
そんな環境で、授業態度が悪いから出て行けと怒鳴られている友達を横目で追う目のオドオドした目の底には一点の曇りもない。

ぶつかっても大怪我にもならない壁、踏んづけて穴が空いても板を打ち足せば、即修復完了の板張り廊下。

学校の防火規定があの頃のままで現代まで変化がなければ、コンクリートに囲まれて怪我をすることもなく、アスベストで今更騒ぐ必要もなく、そして、そして、木の香りと柔らかさに包まれて育っていれば、きっとカツオ君はバケツを持って廊下に立っていただろうに。

なんて日本人は知恵がない国民になってしまったのだろう。

せめて住まいは木に囲まれた子供にとっての精神的オアシスにして上げたいものですよね。
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2005年09月29日

本庄工業様に会いました

昨日、本庄工業の中川専務様とお話しするチャンスを得ました。

Jパネルを採用しているという共通点もあって、小生が勝手に盛り上がっていろいろお聴きしてしまった感がありますが、Jパネルの使い方のみでなく住まい創りに関しての考え方、木造の好きな建築主さんへのアプローチの仕方など共鳴する点を多く感じました。

過去の時代にあった建築に関わる専門便利屋さんのような立場をいとわず受け入れる考え方、暖炉などの共通の趣味的興味を持った方々との付かず離れずの交流の仕方、
独自の流れを見いだそうとする専門業者としての生き方など等々、何か小生の設計方針と共通するものを発見し、振り返ってこれで良かったと勝手に納得していました。

聞くところによると、本庄工業さんのイベントに同業材木屋さんが勉強にもみえたりもしていると聞き、地元工務店が日本の8割以上を占めるといわれるなか、これからの新しい工務店のあり方の示唆を感じました。

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2005年09月27日

弱いものに味方したい症候群

昨日、大相撲では朝青龍関が優勝しましたよね、なんだか知らないけれど涙を見せていましたよね、しかし何か不自然で似合わなかったですよね、小生は一瞬あっけにとられてしまいました。
本人としては苦しい場面があったからでしょうが・・・・

何故かしら強いものには同情したくない気持ちになるヒネクレものでしょうか?
今回は琴欧州が勝つことを密かに願っていました。(彼の人柄に惹かれたのでしょうか)

選挙でもそうですが、いつも負けそうな候補に投票をしてあげています。(内緒ですよ)残念ながらやはり当選しませんが、自分としては充分満足しています、いいことをした気分で・・・・

何でもそうですが、勝利の祝杯に酔った経験を満喫したらそれでいいではないか、さっさと他の人にも味あわせてやれよと思ってしまいます。

自分が大将だと傲って、いつまでも居座る奴は心が汚れてそうで大嫌いです。
傲れる平家久しからずや、ではないですが・・・・

杉原家は平家の末端の末端の血を引いているらしいとある知り合いのホームページから知ったのですが、小生もその血が流れていて今でも源氏に恨みを持っている背後霊が憑いているのでしょうか?

なぜかしら弱い人の味方するのはスッキリします。
今問題になっている悪徳フォーム業者に引っかかりそうになった人を助けました。
助けたといっても、相談にみえた方へのある業者からの塗装見積を見せてもらって、あまりに法外だったので「高すぎますね」とアドバイスしただけですが・・・
でも気分がスッキリしました。

みなさんも注意してください。言葉巧みで上手らしいですよ。

今日はまとまりのないことを書いてしまいました、すみません。
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2005年09月25日

てんでもうかりまへんわ、響きの大きさ

以前もご紹介しましたが、普段が四角四面の世界に住んでいるせいか、吉本芸人のお笑いテイストが大好きです。かのHGハードゲイが住谷正樹という吉本芸人であることはご存じでしたか?

彼のとっておしもないアクの強い笑いに我が家の娘などは大うけです。
気分の暗さを吹っ飛ばす力が潜んでいるのは事実で、毎日堅い授業に几帳面なノートをとっている娘の気持ちを考えるといじましく分かってしまいます。

そして彼のようなとびっきりブレークスルーしてしまうエネルギーで、大阪人の口から出る「てんでもうかりまへんわー」と笑い飛ばす言葉にもまた本当に勇気づけられます。
残念ながら、これに匹敵する岐阜弁はみつかりません。というか岐阜人は堅実で真面目すぎて考えも及ばない領域の感覚で、そんなニュアンスの生まれようのない地方性だと、岐阜人の小生は確信してしまいます。

はっきり言って、設計監理という職域はお金にはなりません。というよりお金にしようとする人には向かないでしょう、そしてお金そのものに価値観をもっていらっしゃる方には絶対この世界には入らないようにいつも忠告しています。
裏を返すと、百歩ゆずってもお金よりものずくりの生き甲斐を優先してとってしまうような人間でないと仕事を依頼した方がきっと迷惑をこうむることになるだろうということは明白です。

この世界を30年以上見せつけられてきて、間違ってお金儲けにこの世界に来た人にはお気の毒でなりません。
そんな人に「もうかりまへんわー」なんて笑い飛ばしながら、赤字と分かっている仕事に立ち向かってゆくエネルギーは出てくるのでしょうか?

この「誘われる平屋」と題した住宅の底抜けに明るい建築主のさんに教わったエネルギーの出し方です。
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2005年09月17日

和室の新利用術

和室って何のためにあるんでしょうか?考えてみてください。
小生の住む町、揖斐川町に限らず東海地方一円では、田の字プランといって8帖程度の和室を住宅の西側に田の字のように4室をしつらえる慣習が、今も根強く残っています。

この田舎にもあちこちに葬儀ホールや立派な葬祭もできる火葬場が出来てきて、その流れも変わりつつあるようではありますが。
ただ、自宅で冠婚葬祭をしなくてよくなったとそれだけを理由にして、「もう必要ないだろう」とプランから外してしまうのは一抹の寂しさが残ります。

我が家では和室は仏間となっており、普段でも8畳の中央に座卓が一つあるだけの状態です。まさに数寄屋の座の世界を温存してあり、気が滅入っているときなどは入って中央に寝ころぶと落ち着くものです。

高校生の娘は、自室ではなく風通しのよい広々した和室の中央に座って(我が家の主人のように)勉強しているのを見ても、やはり気持ちの落ちつく空間であることには間違いがないようです。

周囲に生活ツールが固定されてしまう洋室のしつらえに比べると、今風に言えばフレキシブルな畳敷き和室空間には、日本人の知恵が宿っているようです。

以前、お話しした「ハレとケ」のつかの間のハレが味わえる空間でもあるようです。

今日は綺麗にまとめれてちょっと満足です。杯、ひろし
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2005年09月12日

選挙から一夜明けて

衆議院選挙から一夜明けて、小生としては、有権者としては当然の結果では無かったかというのが正直な感想です。
小泉さん自身は期待を上回る結果でした・・・とのことでしたが。

有権者のひとりとしては、何年も、いや何十年も、現状を変えると言いつつ変えることも出来ずに交代していったリーダーとは違うぞ・・・という期待の固まりが、あの議席数を与えたのではないでしょうか。
うやむやにされずに、きっぱり行動に出る彼を突き動かす歴史が後押しをしているようにも感じてしまいます。

(私事ですが、小生の家族にも有権者が2人増えたのですが、彼らも率先して、行ってこなきゃ・・・と投票所に出かけました。)

リーダーの考え方、与党政党の考え方が変わってゆくのは、世の中の考え方、特に小生としては建築に関する事柄についても影響を与えてゆくことに注目をして見守りたい思いです。

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2005年09月09日

選挙も設計も残り3日

衆議院選挙の投票日まであと3日です、小生の設計図のマトメの時間もあと3日です。
実施設計の図面のマトメ作業は、事務所の若い子に任せずに自分自身でまとめるのが小生の主義です。

経営に欲のある設計者には、こんな効率の悪いやり方は考えられないことでしょうが、設計の中身を確実に押さえて自分の設計意図を反映出来るのは、建築主との打合せのやりとりが充実してきて内容が固まってきた実施設計の最終段階がまさに好機なのです。

こんな最後の勝負の3日を人に任せてしまう設計者には、悲しい印象を持っていしまいます。

(今回のような大きな方針を握る国政の選挙では、普段の人間関係やしがらみで投票したり応援したりすることは間違っていますし、ましてやそれはさておきと設計のマトメを放り出して選挙事務所へ応援に駆けつける行動は生き方に合いません。
応援は投票そのものでするのが正しいと信じてやみません。)

他人の設計を見ていて、何かしら個性が結実してないなと感じる建物はこの実施設計の「最後の3日」を軽んじてしまっていることをどの設計者も感じているはずです。

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設計者を決める方法

設計者を設計費用の入札金額で決めるのは何故でしょう?

と言ってみても、「税金を投入するんだから当たり前だろう」とおっしゃる方が大半でしょうね。

ところが一方で設計行為に対する評価基準に金額の低さを入れること自体何かおかしなものを感じませんか?

工事費は市場という器の大きさがバックに構えていますが、設計の質は設計者の資質と手間のみがそこにあるだけで、工事費とは根本的に異質なものと思います。
小生はこれに悩まされて20年以上が過ぎようとしています。

設計者の評価方法は田中角栄さんが間違えて設定してしまったようにも思います(笑)、最近ではこれを見直そうという動きも見られているようです。

行政に対して無償でのサービスを営業の手段にしている設計者もあとをたたないようですし、これに甘えている側も何か混沌とした悩みを抱えていると聞きます。

「現実がそうなんだから仕方ない」という言葉は今の政治を許し続けてきた「ゆでがえる」のような国民性のせいでしょうか。

今回の選挙は多くのことをカエル(変える)チャンスにしたいですね。
ひろしの自虐ネタ・・・・・
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2005年09月05日

ハレとケ

ハレとケという言葉をお聞きになったことはありますか。
単純明快に言ってしまうと、日常と非日常でしょうか。
毎日繰り返されるお勤めがケ、たまの旅行がハレ、でしょうか。
人間はケの繰り返しのなかにハレの日があると気分も晴れて活力を取り戻す動物ですね。
もっとも、毎日がハレの人種も最近はいるようですが、このあたりは余談になりそうなので遠慮します。

プライベートな時間を過ごす空間も人間には不可欠です。
家族という集団自体がプライベートな単位と考えて、やたらオープンな空間を作ってしまう設計者もいますが、何か精神衛生上よろしくないように思います。

住まいは気まぐれに、しかも気分転換で作ってしまうものでもないと思いますし、やっぱり室内の通風も環境衛生上不可欠という側面もありますが、
「住まい手側で自由に空間を区切ってしまいましょう」なんて格好のいいことをいっても、それは設計者のマスターベーションの象徴的言葉で、住まい手としてはある程度はプライベートな区切を用意しておいて欲しいようです。

ハレとケがたとえば一ヶ月単位でやってくる家族があるとすれば、プライベートな空間は一日単位でやってくるハレとケを区切ってやるスペースでしょう。
それは家族のひとりひとりのプライベートな時間も持てるように・・・・
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2005年08月25日

houseとhome

「houseは壊れるがhomeは壊れない」と正確な文言は違っているのかもしれませんが、清家清さんの生前の言葉です。
建築をかじっていらっしゃる方ならばほとんどがご存じの建築家です。
小生が学生の頃、インスタントコーヒーのCMでその存在感が一気に一般化されました。
最近では、ご子息(清家篤さん)が教育テレビに出てられるのを見たことがあり、その風貌の生き写しなことに感激していました。

本当は「houseはハード、homeはソフト」だったかもしれません。
いずれにせよ、正確な真意はともかくも、家庭というソフトの骨組みがしっかりしていれば、住まいというハードは壊れても再生可能だという意味で解釈しています。

さらに、ハードの性能ばかりを競争的に追いかけても、建築業者のマスターベーションに終わってしまい、家庭の器としては機能しないという意味に拡大出来るようにも思います。

利潤追求を第一にするものには出来ない仕業を、第3者のコンサルタントとして設計監理者がするという基本的役割がここに存在しているようです。
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2005年08月16日

休日という言葉はいらない

休日という言葉は小生の辞書には無いようだ。
なんて格好のいいことを言ってはみたものの疲れるときは疲れる、人間だから当たり前。
妙な精神論で正直な気持ちを隠して仕事を押し進めるのは世代ギャップも甚だしいのですが、休日を国民の権利だと何という理由もないのに無理に休もうとするのは、仕事というものが自分にとってどのようなものかをしっかり掴んでいない人のやることのようです。

休日というのは1日単位で睡眠を区切りとして時間の使い方を規定した人間の知恵ですが、小生には最近言われることの多い「ON-OFF」というスイッチのような表現が好きです。

これは以前も取り上げたバスタイムの過ごし方に重点を置く住まいの考え方にも関連します。
年中仕事のことしか頭にない小生には、バスタイムでのOFF時間には脳波がアルファ波になり、瞬間的に納まりのアイデアやブログの話題などが浮かんできて、ちょっと得した気分で夜なべ仕事が楽しくなる時もたびたびです。

このお盆もやはり一日通しでノンビリした日はなかったのですが、意外と気になっていない。
連続的に年中無休で続く設計と現場監理を、休日という世の習慣で思考を切ってしまうことの出来ないのは、単なる性格のせいなのかもしれないのですが、太陽の浮き沈みに関係なく毎日を「ON-OFF」という気持ちの切り替えの連続状態で過ごす考え方が似合っているように思います。

住まいを考える上でも連続的に自分の生活を見つめていくのが必要だから、これは自然な流れなのかも知れない。
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2005年08月15日

真夏の選挙と建築

どんな関係があるのでしょうか、選挙と建築には?
毎日のように報道されている真夏の選挙の話題には「刺客」という言葉ばかりが響き渡っている。まさにマスコミ好みの内容に仕立てられた番組構成に感心することしきりです。

郵政民営化に関する参議院での採決に反対票を投じた議員に対する自民党非公認という処置や国会解散に対する是非など、雲の上のことなどと知らない顔を決め込んでいる人が、建築設計家にはどのくらいいるのでしょうか?

小泉さんは解りやすく「郵政民営化」の是非を国民の皆さんに問いたいと選挙に踏み込まれましたが、本当は今までの時代の流れを変えなくていいですか?と問いたいのだと思います。
「あの人には世話になったから」という理由で「あの人」に投票ではなく、官民の癒着を断ち切る大鉈を振ってムダな税金支出を抑えるきっかけに、ここらで大きく舵を切ってともかくも道を右か左か決めましょう・・・と判断を仰いでいるように小生の眼には映っています。

これと建築とどう関わるかですが、設計屋として熾烈な競争に生き残るために、(もっとも競争ととらえてしまうことが小生のは合わないのですが)この流れに乗ろうとするのではなく、日々の業務というより設計活動の中にも、官と民の関係がどのような影響を及ぼしてくるかを日々考える必要があるようです。
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2005年08月12日

きみまろと住まい

綾小路きみまろはご存じですか?
住まいと関係なさそうですが、大いに関係あります。
落としをひとつ「老婆の休日」、この落としにたどり着くくだりは、それぞれ思い描いてください。小生は知っていますが。
彼の漫談はかなりきわどくて差別の批判も受けたようです。
今回はそのあたりは脇に置かせて頂いて、ネタの作り込まれた面白さを一度味わってくださるよう、お笑いの隠れファンとしてはお勧めします。

大声で笑うことの健康への効果は「笑う門には福来たる」じゃないですが事実であることを医学的にも研究されているようで、実際にその効果も臨床されているようです。
これを住まいの設計にも取り入れたいものだと、某テレビ番組を見ていて思いました。

具体的方法論はいくつも考えられますが、建物の物理的仕掛けで実現しようとすると、問題の取り違えみたいで、想像すると笑えてきます。?

真面目に考えると、まずは家族が一卵性家族的雰囲気を作ってゆけるのが第一かなということになってしまい家の構造的なところからは離れてしまいそうですが、家族の構成員のお互いが見つめ合う環境、離れて自分自身を見つめる環境、それぞれの場所を提供できるようにして、家族が集まれる場所で集合できる時間を作り、きみまろの漫談で大声で笑い気持ちを解放できること、そんなメリハリが生活に生かされてゆけることを想像しつつのプラン創りかな・・・・と思いめぐらせていました。
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2005年08月11日

設計を託すのは建設会社?建築設計家?

設計を託す相手として、建設会社と建築家のどちらがいいかを迷ってみえる方は多いようです。
「迷ってます」という質問をされる時点で問題意識を持ってみえるわけですから、両者の違いを勉強されると、いえ創りにプラスに作用するのは当然で、選択がどちらにせよ迷う価値は充分です。

最近の日経アーキテクチュアにはこんな記事が掲載されました。
建築家は将来性ある職業と感じている人が調査人数に対して約5割という結果です。
仕事を確保するのに奮闘しておられる御同輩、諸先輩に「仕事がないなんてお嘆きになりますな」とお教えしたい内容でしょう。

調査対象は学生100人、男性社会人100人、女性社会人100人、平均年齢31、5歳ということで、若い人たちの意識が私たち設計者に向いているのが確認できているということは社会的な存在価値があるという証拠です。

実際、小生の関わっている案件でも、そんな流れを感じることはあります。

住まいの夢を託したいという大きな目的だけでなく、欠陥住宅、悪質リフォーム、シックハウス、アスベスト問題、などの専門家としてのサポート、建設会社の利害に左右されない建築主の立場に立ったサポートは必須です。
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2005年08月10日

医食・住・同源

医食同源という言葉がありますが、これに住を強引に加えてしまいました。
住まいの中で、特に最近身近に感じたのはバスルームの存在です。
12時近くまで毎晩パソコンに向かっていることの多い小生は、家族の中で最後に入るか、早い時間に短時間に済ませることの多いのですが、それでも必ず浴槽に沈んで実行することが、首の延髄あたりまで湯にゆっくり浸けること、沈んでいる時間がもったいないときは、シャワーで首の後ろ延髄あたりに湯を当てること、浴槽の中で簡単な腹筋運動をすることです。

特に前者はおすすめします。頭がスッキリして、アルコールが入っているときなどは抜けてゆくのが良くわかります。

ユニットバスメーカーが浴槽の中に小段を付けてある物を多く販売するようになったのも、足湯のようにして、体(心臓まで)全体を沈める前に30秒おいてください、という体をびっくりさせないためのようです。
なにも子供と一緒に入るためだけでもないようです。

バスタイムを大切にすることは年齢を問わずに「食」同様に「医」の役割を担っています。健康のためのスポーツをする時間のない人、体力的に出来ない人には、そんな思いも住まいに託しましょう。
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