2008年04月20日
法改正で返せー
建築基準法の改正がもたらす不況問題や道路特定財源の問題にしても、どうして蜂の巣を突っつくような後ろ向きの話題にばかり注目が集まってしまうのでしょうね?
いままで隠されていた問題を白日のもとに晒してみんなで考えることには賛成です、日本の国が一皮剥けた大人の国に生まれ変われるかの境目に来ていることの証拠ではあるのですが。
それにしても物事の本質がどこにあるかを惑わせるような報道はいただけません。
建築基準法を改正して、具体的にどんないい世の中にしたいのか?(単なる弱いものいじめか)
医療保険を見直すことは、人の健康にとって何がいいのか?(そんなのあるわけ無いか)
道路特定財源の闇の部分を暴いて無駄ずかいを少なくすることは必要に決まっているのですが、どうしてそれを許してしまったのか?(どうせ品の無い既得権者のみなさんがなし崩しにしてしまうさ)
なんでもいいけど、そんなの関係ない!
健康は住まいの設計を考え直すという切り口で、問題解決にならなくても自分の力で制度の助けなど気にしなくていい住まいに近づけるということ・・・・分かります?もっと前向きに建設的に明るく切り替えましょうよ。
「室内環境に力点をおいた健康設計をしてください」と設計者に注文をつけるだけです。それを分かって貰えます?
どうせ政治家さんや官僚さんのやることでは何時のことだかわかりゃしないに決まっている。
建築基準法を改正して新しい資格を作れば何とかなるという結論が甘すぎる、安直すぎる、過去に何度と無く繰り返されてきた、あきあきしてしまう手法。
そしたらこちらはそれを逆手にとって専門家の差別化、スキルアップで報酬を上げちゃうぞ!!!
明るく生きましょうよ。
2008年02月21日
住まい創りに大切なもの
よくある相談なのですが、「住まいを新築したいのだけれど私はどこへ行ったらいいの?」と目を点にして返答を求めてくるのです。
とにかく世の中には「これが最高の住まいです」とばかりに全てが我田引水のスピーカーで耳がよく聞こえなくなるほどです。
確かに今の厳しくなった基準で建つ家は丈夫なのですが、建てようとする本人がどうしていいか分からなくなるほど情報過多です。
本当にお気の毒です。
過去の一時期のように住宅を創るのに設計者を代理者として設計と工事を進める形(設計監理)をまったく知られてないという状況ではなくなってきているようですが、でも相変わらず「そんなの聞いたこと無い」という方は多いようです。
どこの誰かは知りませんが、マスコミを利用してある種の妄想を抱かせてしまうかのような説得の仕方を見るにいたっては、ますます相撲ワザの猫だましのようなものです。
どれだけ時代が変わっても、工法が変化しても自分のほしい住まいはたったひとつ、けっしてメーカーが契約というレールに乗せて全てを与えてくれるものでもないのです。
自分の足で確かめることから全てが始まることを是非忘れないでください。
毎日の設計と現場監理を通じて、常に住まいに対する思いを反芻している人間の人としての中立な意見を確認して欲しいものです。
一生を賭けて築き上げてきたものを無駄な投資にしたくないものです。
あの日のイベントに来てくださった方の目を思い出すとそんな思いを確認させられました。
2007年12月29日
建築ジャーナルに掲載されました

「建築設計者としての生き方」なんてタイムリーなタイトルになっているとは知らなかったのですが、年末のある日に建築ジャーナルさんから作品掲載の提案を頂いて、これも何かの縁かなと感じるところがあり、お受けしたのです。
先に書きました表紙のタイトルがこうなっているとは知らされていなかったのですが、まさに「偽」まみれになってしまった2007年の社会現象から想像すれば自明の理。
この数年に竣工した建物を中心に、それぞれのテーマになった事柄をつたない短文に綴りつつ、私としての「建築設計者の生き方」を表現したつもりです。
大げさな表現かもしれませんが、自分がこの世から消えても残る建築物、(否、その建築物さえもいずれはこの世から消えてなくなるのですが)それを創るという作業に誇りと自信を持って望むという心構えを忘れてはいけないと自戒してみる必要を感じます。
望んで入ったきたこの世界でも、生き残るためとばかりに不正や裏ワザに走ることをよしとする風潮は頑として残っているのは事実ですが、それが設計の本質自体までも曲げていってしまうように考えています。
愚直と言われても、その人がこの世から消えてさらに創った建物もこの世から消えても残るものがあるとすれば、「それが何か」を茶化すことなく真面目に考えつつ進みたいものです。
おおとりを飾るように巻末に写真集とともに独り言をボソボソと語るように書かれている文章をそんな思いを持ちながら書いたのだと思いながら読んでみてください、一味違うかもしれません。
2006年11月16日
家庭の役割・家の役割
最近は毎日子供が自殺したり親に殺害されているようですが、どうなっているんでしょうね。
これだけ続くとテレビのニュースを見るのも気が重くなります。
家族の役割を考える以前に、その形自体が消えてしまっているのではないでしょうか?
学校のゆとり教育がまずかったからと教育基本法を改正するんだと大騒ぎしているようですが、その前にそのことを思い起こすこと必要があるのです。
子供が育ってゆく過程で、家族の絆というものをどういう形で育てるかを同時に考えていくことが大切です。
家庭の役割は、育つ課程の役割と読み替えても良いようです。
家庭を空間として育む家も作り上げられた物理的価値も重要ですが、同時に作ってゆく過程を家族全員で意見交換して見守ることの価値を見直す必要を感じます。
2006年09月21日
自民党総裁選と現場監理
前回でしたか建築主、設計監理者と施工者の関係を「良い子、悪い子、普通の子」に置き換えてお話しをしました。
これは建築主さんにとって得になる話しであるのは間違いないですが、このブログで読んだからといってもそれに近い経験や知識が少しでもないとにわかには納得できないでしょう。
昨日、自民党の総裁選があり、安部さんが新しい幹事長に当選されました。
まさに「良い子」が当選したようですが、個人的には語尾の歯切れの悪さは小泉さんのような劇的な指示率には繋がらない気がします。
・・・・と思います、・・・・と考える次第です、なんて何が言いたいのかどうしたいのかはっきり絞り込んで「憲法が変えます」と言ったらどうでしょう?
現場の監理ではこの「良い子」は建築主さんになってもらった方が納まりがいいし、大工さんも良い仕事をしてくれます。
なぜなら建築主さんは大工さんの仕事を褒めるのが一番だからです。
悪い子は私です(監理者です)・・・・これは言わずもがな。
先に走っていって道をつけてゆく役割です。
普通の子は建設会社の監督さんです。
この3つの役割分担が大切です。・・・・あくまで私の経験上での結論です。
でも言い得て妙。
自民党の総裁はやはり「悪い子」がなるべきではないでしょうか。・・・改革は止めないと言われるのなら。ば。
2006年09月13日
得をするのはいい子、悪い子、普通の子
建築の設計監理者がいる現場はやっぱり得しますよ・・・なんて言いたいのはやまやまですが今朝の某番組でこんな場面を見ました。
今回の自民党総裁候補3氏を「いい子、悪い子、普通の子」だそうです。
吉田茂ゆずりの断定的ものの言い方、官僚的な理路整然としていて出来上がってて印象的でない言い方、・・・・・と思います、と親しみはあっても頼りない語尾のはっきりしない言い方。
やはり小泉節のアピール力には負けてます。
それにしても「いい子、悪い子、普通の子」には思わず笑ってしまいました、失礼。
こんな場面から以下のようなことを思いつきました。
設計監理者が存在する現場も何か似ている部分があります。
「いい子」は建築主?「悪い子」は工事担当者?、「普通の子」は監理者?。
こんな人間関係(現場での役割分担でしょうか)で運んでゆくと良い現場が残ってゆくようです。
いい子(良い子かな)と悪い子しかいない現場はケンカになったら収集がつかない、いやケンカにもならないかも・・・これも困った結果なりそう。
それぞれの思いや考え方をぶつけ合える環境がまずあること、そしてお互いの立場を100パーセントでないにしろ理解し合えるが、妥協しすぎないこと。
難しそうですが、いい子、悪い子、普通の子が揃うと良い現場が残せそうで設計者として笑ってしまった朝でした。
2006年08月26日
設計事務所の立場
ちいとも得しない話です、いや意見です。
同じ先生と呼ぶ人もいる職業に医者や弁護士、司法書士さんが居ます。
みんな「何とか助けてください」と救いを求められる職業です。
つまり、無条件で頼られる立場に置かれることが多いようです。
もっとも最近では一方でインフォームドコンセントなんて説明責任を問われたり、頼るに足りない医師や弁護士が現れたりしていますが。
それにしても実務畑の建築士さんにはそんな社会的地位は与えられていない実情はあります。
同じ立場の人間には構造計算で大きく社会的に迷惑をかけた人もいますので大きなことは言えないのですが、毎日の仕事を進めてゆく中でどうもこれは自分の不勉強のせいだけではなさそうだと、夜中に目を覚ます出来事があります。
永く続いた不況のせいばかりでなく、ゆとり教育の失敗のせいばかりでなく、建築士の社会的地位の低さのせいばかりでなく。
人間と人間の関わり方の基本が大きく揺らいでいるのか・・・と思っています。
単に年寄りになって分別くさくなってきただけでしょうと、誰だそんなノンキなことをのたまうのは!!!
それこそ、先の大戦で人生の先輩たちが舐めてきた辛酸を現代に生きる人間なりに振り返って、果たして自分の幸せは・・・・
と考え直すとどれだけ自分が贅沢な生き物かがわかってくる気がして、毎日を明るく生きる心がよみがえる気がします。
住まいを考えるにはうわべの勉強より必要なことがたくさんあります。
2006年06月08日
設計者を決める方法・その3
もうこの書き出しで内容が決まってしまいそうなほど誰もが知っている話題。
お陰様で建築士の資格を持つものの肩身の狭いこと極まりないです。
住まいを計画される方にはハウスメーカーも町場の工務店も設計事務所も全て同列にしか見えてない現状で、いくら先に設計者を決めなければ始まりませんよ・・・なんて叫んでみても犬の遠吠えにしか聞こえてないんじゃないでしょうか?
ものすごく悲観的になってしまいますよね御同輩諸君!!!
何でも多様化の時代と言われるようになってから久しいのですが、住まいの考え方も建物の種類も多くなりすぎていえづくりを考えていらっしゃる方々にはお気の毒なくらいです。
楽しみなはずが、どの工務店かハウスメーカーかを選んでいる間に多くの時間と労力を投資していただかなければなりません。
そうあるべきなのでしょうか?
いろいろなお話しを聞きすぎて「もういいや」とサジを投げたくなって、まさに「無」の境地になったとき、悟りを開く・・・・
多くのかたのお話しを聞いてきた小生としては、その方が今どの段階かが解ってしまうのです。
いえづくりも工法や性能、デザインを争うのではなく、パートナーとしてお伴するサービスを提供していけると設計事務所の存在は重要なケアサービスとなるんでしょうね。
こんな切り口で仕事を進めています。
2006年04月27日
義務教育に建築学を入れてはどうかな?
「国家の品格」なんて本がベストセラーに上がってきているようですが、誇りもかなぐり捨てたような事件が次々に起こるようになってしまったこの国を思う大人の一人としては、戦前を彷彿とさせる思想教育よりも、建築学を子供たちに覚えてもらいたいものだと感じます。
歴史という科目がありますが、建築学にも建築史という歴史学があります、のみならず数学にも通ずるそしてものずくりにも関わる構造力学、法のあり方も考えなければならない建築基準法など、人間が住まう原点を人間の行動や寸法、思いまでもバランスを欠く建物は成り立ちえない。
日本の成り立ちを日本書紀からスタートして中国や韓国を刺激し続けてきた教科書問題より離れて、建築学という穏やかな響きの中で、自分の手でものを創るという子供たちが忘れかけている面白さの中で、この国に生まれたすばらしさや誇りを教えたら殺伐とした事件が減ってはくれないでしょうか?
今日はある雑誌を見て沸々と思うところがありました。
2006年04月18日
名義貸し?名義瑕疵?
建築士の名義を貸すなんてカスです!瑕疵か?
いつも思うのですが、確かに生活のためという大命題は存在しますし家族を守るためには仕事は崇高な行為でもあると思います。
学校で教えてもらったような建築を生業にする者の道徳というか基本的レールを脱線してはいけませんよね。
ただ、その基本を狂わせるような波を社会が次々と発生させているのも事実ですが。
それは仕事を確保しようとする方法にその病原といってもよいようなものがあるように思います。また世の中を斜めに見たような形をとらずに正当な形をとってゆきたいと常々考えています。
波を被ってもちゃんと立っていられるような建築士としての自立心を確立していないといけないのでしょうね。それには学生の頃に味わった建築の面白さを思い起こすことから始まるのではないでしょうか。
2006年02月13日
カウント158
今となってはネーミングがアクセスアップには程遠い感がありますが、1999年の2月にアップしてから地道な努力で育て上げてきた可愛い友人です。
ホームページがあるからといって営業効果を約束されているわけではありませんが、これをきっかけに仲良しになれた友人や同胞(もちろん建築主様も)多くはありませんが、大切な宝として出来てきました。
ただどこまでいっても流行の言葉で言えば「自分の中では」趣味の領域を超えることはなく、だからこそ続いているといえるのでしょう。
年相応に硬い言い方をすれば「ひとえに皆様のお陰です」。
ただホームページの効果としては一日にこの十倍の約2000カウントくらいはいかないとマイナーなページなようです。・・・・これがオチです。
読んでくださっている方には、これからも宜しくお願いします。
2006年02月10日
ツララはどうして出来るか
子供の頃は学校の帰り道にツララを取ってなめてみた経験のある方は、小生と似た年代でしょうか?
あれは建物からエネルギーがダラダラ垂れ流している証拠であることを知ってましか?
何を隠そう室内の熱が屋根を抜けて屋根の上の雪を溶かして軒先まで流れ落ちてきた水分がツララとなっているのです。
今度どこかでそんな家を見つけたら、きっと暖房費が高くて断熱気密が悪いと心配してあげてください。
工務店の方は冬のうちにそんな家を見つけておいて、営業のネタにしてください。
冗談はおいてご自分の家を点検しましょう。!!
2006年02月03日
宗教と住まい・その2
病院での闘病生活も空しく、生前は生活の場であった和室に帰ってきて、ゆっくり寝かせてやりたい、そして住まいから天国へ送ってやりたい、という家族の思いが痛いほど理解できた今回の出来事。
それを思い起こすと、それが自然な儀式の形かな、とも思えなくもないのです。
儀式というものについても改めて考え直させてくれました。
故人を惜しむ気持ちにケジメをつけたいという人間としてあるべき姿のスタートを公共施設ではなく生まれ育った住まいの中で、ひとつの決まった行動パターンによって区切りを付けるのです。
宗教と言うより人間の知恵でもあるのです。
姿形は亡くなっても、考え方や意志は家庭の構成員の気持ちの中にも生き続けており、時間が経過してもそのことを振り返るには、葬儀は住まいで行うのが良いのかも知れないと考えてしまっているこの頃です。
ただ、そのことのみを目的とした住まい創りには、少々抵抗感がありますが。
少なくとも、亡くなっても自分の中に生きている肉親を忘れてしまうような、恣意性に偏った設計はしたくないものです。
2006年01月24日
宗教と住まい・その1
小生の地元にもご多分に漏れず「揖斐広域斎場」という公共施設が整備されており葬儀会社による葬儀も普及しつつありますが、自治会の運営による在来の形式も相変わらず残っています。
父は地元に永くお世話になっていたこともあり、当然のごとく自治会運営の形をとりましたが、この場合は葬儀の当家(小生の家族)や親類も巻き込んだ協力体制を取ることになります。
小生も当然初めての経験に右往左往するばかりで、周囲の情報を集積して方針ややり方を決めてゆく泥縄状態。
やはりそつのなさにおいてはプロの手には遠く及ばないのですが、父がそれを気にする人間ではなく、むしろ近所の方々に送ってもらったということに喜んでいるに違いありません。
そんな事情があって葬儀会場は自宅を使用しましたが、
今でもこの地方に残る八畳が四つ住まいの1階の西面に配置する伝統的プランにも、この期に及んで先人の知恵を感じてしまいました。
畳というフレキシブルで適度な柔らかさと落ち着きのある雰囲気の素材感、祭壇を組み上げて周囲を飾ったときの会場の雰囲気、親類縁者や地元の方々を収容したときの適度な広さ、通夜葬儀当日の人の動線を整理する便利さ、などなど。
住まいは葬儀の二日間のためだけにあるべきではないとはいうものの、和室のしつらえに込めてきた先人の宗教上の思いや普段の生活への思いが存在しており、プロとして再確認の必要を感じました。
2005年12月16日
建築士は誰のために仕事をするか?
このキーワードを書くだけでブログのカウントが一気にアップしちゃうのかな?
大切なことだけ書き残したくて書いています。
それは「建築士はあくまで建築主のパートナーであるということです。」ただし建築主というのは、住宅であれば住まう人、家族であるということです。
今、騒がれていることは、確かに主人公は建築関係者ですがミスなんて生やさしいことではなく、明らかな確信をもって行った行為であって、泥棒をする気になった泥棒を防ぐのに、刑罰をいくら厳しくしても無駄なのと同じなのです。
毎日黙々と社会の底辺を支えている建築士の世界にスポットを当ててくれたことは、ある意味良いのですが、ドロマルケにしたものを綺麗に洗うには多くの時間が掛かります。
もちろん、これには努力を惜しみませんが、建築士法にも唱われているように建築主のパートナーとして活躍するのがほとんどの建築主の本望であることを大声で叫びたい気持ちで一杯です。
2005年11月25日
構造計算は何のため・吹き出した計算書偽造問題・その1
小生も同様な世界に住む業界人として、ブログのカウントアップの為ではなく、思いをぶちまけたくなってしまいます。
かの構造計算事務所も、ブログで取り上げて欲しくてこんな問題を引き起こしたわけでは当然なく、やはりというか「生活のため」という人間として崇高な事情があったからだったのでしょう。
それが社会の多くの人々の生活をも犠牲にしてしまうということが分からないわけもなく、自分の生活が優先してしまった。
エゴが勝ってしまった結果でした。
そんな心情を察するとつい同情してしまいますが、それでは何がいけなかったかを冷静に考えてみる必要があるのです。
ある構造計算のプロは、世の中のこんなことで大騒ぎして資格のあり方を考え直す時間があるならば、既存の建物の耐震改修を大騒ぎして進めてはどうか、とむしろ逆ギレ状態でした。
いわくは、古い規準で建てられた建物こそ世の中に大きな被害をもたらすことは、以前から自分たちが警鐘を発しているのに、計算屋を大いじめするマスコミや錬金術の道具なんかにするやからに怒り心頭のご様子です。
不景気が空けやらぬ状態が続いており、相変わらずの仕事の取り合いを演じている場合ではない。
せっかく世の中が注目してくれているのだから、ここは建築家の本当の価値、社会的重要性をを叫んで、大まじめに正面から取り組んでいる同胞をきちんと評価してやってくれよと言いたいものです。
2005年11月09日
建築主とのめぐりあい・その1
設計家の世界は外部からは、ごく少数で特殊、そしてマイナーなようです。
(ただし、小生が覗ける設計家の世界というのは、岐阜の一地方のある団体内での出来事ばかりなので、新陳代謝も人的交流もかなり限られた中での話しですが。)
過去の経験ばかりを頼りに新規のプランを進めてゆくのは進歩がなく耐えられない性格で、食べていければいいとか、長いものには巻かれろとか、付き合いは大切になどという「創る」という言葉とは程遠い、それはまた別の世界と解釈している人間です。
岐阜の端っこで活動していても、毎日のホームページのカウントは300を超える日もあり、これは日本のどこかで、いや世界のどこかで、300の十分の一としても一日に30人は通過しないでいずれかのページを読んでいただけているものと信じています。
それは、同じ世界(団体)にだけ所属して、お互いの意識を高め合うことの少ない環境にはない可能性を持っていることの証拠です。
何かこれは娘たちが夢中になっていた「世界の中心で愛を叫ぶ」でしたっけ「セカチュウ」じゃないですが、「世界の端っこで叫ぶ・・・・」なんでしょうか???
ただ単に開き直って実をとるために、プライドをかなぐり捨てた設計家だけにはなりたくないと思い、自分の生き方を突き通せないかを模索しています。
2005年11月02日
ほっと一息のメール
神奈川の高校生の方からリンク依頼のメールをいただいたお話しです。
高校の学習の一貫でしょうか、建築特に住まいに関するホームページをグループで立ち上げて、コンテストに応募されるについて、小生のホームページ内「次世代のいえとは」を引用し編集に組み込みたいという依頼でした。
もちろん、たいへん楽しくて嬉しいお話しでもありますので、岐阜から遠い神奈川に向かってオーケーサインを送っておきました。
そんな出来事が今年の2月のことでしたが、それから後、コンテストの結果や様子を短文ながら、ときどきメール送信してくれています。
小生にも同年齢の娘がおり、なにか微笑ましい思いで仕事が一段落した夜中にお返事を書いております。
このブログもそうですが、日々浮かぶ思いを書き記すことの楽しさと共に充実感を感じています。
「言霊」という言葉があるように、思いを書き連ねる魂のこもった行為はなにもにも代え難い価値をみいだします。
2005年10月26日
財産になる家・その1
ハウスメーカーや工務店、私たち設計事務所のホームページにさえも、デザインと面積や施工会社、そして工事費を明確に唱った上で内容をアピールしてあります。
確かに建築主予備軍のみなさんは、それらのデータを必要としている方が大半ですが、それらだけでは満足できていないのも事実でしょう。
その理由は以前のテレビと同じで双方向で情報が流れていないからですが、この理由が分かってきても、このラインをどういった形で確保するかも難しい課題ですよね。
小生は小さな設計事務所の経営者ですので、ご多分に漏れずこの双方向ラインの確保の方法論は毎日のように考えています。
分かりやすい具体例は世にはやっているオープンハウスというイベントです。
建築主さんとのコミュニケーションには役立つ古典的な手法ですが、時代に流れでちょっと変わってきたのはホームページを運営できていてネットを駆使できてる会社じゃないと、コミュニケーションがうまくいかず、信用性に欠けているという評価されてきているようです。
そしてそんなコミュニケーションを良好なものにする根底に流れている考え方のキーワードは、小生の事務所では「財産となる家」をイメージしています。
2005年10月19日
杉原千畝との関係
何も打合せはしてなかったのですが、何故か知らぬ間に家族が居間に集まって見ていました。
彼のユダヤ人を救った功績を知らない日本人は少ないのではないでしょうか。
ビザ発給という結論に至った事情には単なる人道的な意味だけでなく、彼の個人的な歩みの中から、あるいは性格からも、ごく自然な結論であったことを分かりやすく伝えていました。
人間として立派な行為を自分の名誉や立場まで犠牲にしてまでも実行したことは、仮に現代に起こった出来事にしても「正直者はバカをみる」のそしりを受けることだったのではないかと思います。
救ったユダヤ人に戦後再会したときに問いかけられた「センポーは幸せな人生でしたか」の問いに「幸せな人生でした」と答えた心の内には、信念を曲げずにいた頑な自分へのねぎらいの気持ちと間違ってなかったというご自分の人生訓も有ったのかもしれませんが、何故かしら小生には同姓だというだけで感動を覚えました。
ここで特筆したいのは、その感動が同姓だからと言うわけでは無いでしょうが、正直者ということと、正義感が押さえきれないという共通点も感じていました。
というのも、現場で見つけた工事要領の悪い部分の修正を迫る自分を重ねていたのかも知れません。
こちらは人道というより、もっと小さくてしかも当然のプロ根性からでしょうが。



